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松山地方裁判所 平成3年(わ)335号 判決

主文

被告人を懲役八月に処する。

未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、松山地方裁判所が東京海上火災保険株式会社の申し立てに基づいて不動産競売開始決定をなし、不動産競売事件(同裁判所平成元年ケ第一六九号不動産競売事件)として競売手続きが進行中の松山市余戸東〈番地略〉の宅地三筆及び同宅地上の共同住宅一棟(鉄筋コンクリート造陸屋根三階建)の所有権を取得した有限会社太陽(代表取締役A)の従業員であるが、同裁判所が、同事件につき入札期間を平成二年九月一三日から同月二〇日、開札期日を同月二七日午前一〇時とする期間入札による売却命令をなし、右期間入札に先立ち、同事件に関する所定の物件明細書写し等の綴りを同裁判所民事書記官室に備え付けて一般の閲覧に供していることを知るや、同社の実経営者として同社の業務全般を統括・掌理し、暴力団である松山連合会二代目兵藤会会長B及び同松山連合会岡本会内C組組長Cと交友関係を有するDと共謀の上、右B及びCの名刺を右物件明細書写し等の綴り中に挟み込むなどして、閲覧者に対し右宅地三筆及び共同住宅一棟に暴力団が介在していることを誇示し、入札を希望する一般人の右期間入札への参加を断念させようと企て、同月七日ころから同月一二日ころまでの間、前後四回にわたり、同市〈番地略〉所在の同裁判所民事書記官室において、右物件明細書写し等の綴り中に、「松山連合会二代目兵藤会、会長B」と印刷されたBの名刺八枚、「松山連合会理事長代行、岡本会、副会長・若頭C」等と印刷されたCの名刺八枚をそれぞれ挟み込み、よって、右宅地三筆及び共同住宅一棟に暴力団である松山連合会二代目兵藤会及び松山連合会岡本会内C組が介在している旨誇示し、もって威力を用いて公の入札の公正を害すべき行為をしたものである。(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、起訴状記載の公訴事実中に「被告人の共犯者であるDが、暴力団である松山連合会二代目兵藤会会長B及び松山連合会岡本会内C組組長Cと親交を有する」旨の記載があるが、これには証拠がなく、これは裁判官に予断を生ぜしめる余事記載であるから、公訴事実中の右記載部分は削除を命ずべきであると主張し、被告人もDがこれら暴力団幹部と親密な関係にあったことは知らない旨述べている。

しかしながら、本件の共犯者Dが、暴力団である松山連合会二代目兵藤会会長B及び松山連合会岡本会内C組組長Cと親交を有したか否かは、被告人の本件犯行が、競売入札の妨害の手段として「欺計又は威力」を用いたことの意味・内容に関するものであって単なる余事記載であるとは言えないのみならず、前掲各証拠により認められるところの、地元暴力団幹部に関係のない者が右暴力団幹部の名刺多数を右暴力団幹部に無断で裁判所の競売入札妨害の手段として使用するが如きことを通常考えられないこと、本件の共犯者Dが、本件競売物件に関する権利を取得する過程に前記Bが関与し、又被告人もDから右Bを紹介され、被告人、D、Bが共にゴルフをしたこともあること、CはBと同じ系列の暴力団組長であると考えられることの諸点や、本件後に前記Cは被告人、Dと行動を共にし、被告人を捜査官窓から逃避させる行為に関係したものと推認されること等の諸点を総合すれば、本件の共犯者Dと右暴力団幹部らは、少なくとも競売入札妨害のために自己又は自己名義の名刺を使用することを認めることを許す程度の親密な関係にあったことが認められるのであり、被告人もまたDと右暴力団幹部らは、少なくとも右の程度の親密な関係にあったことを認識していたものと推認できるから、右のDがB及びCと「親交」があったとの公訴事実の記載が事実に反する不当なものとは考えられない。

したがって、前記公訴事実の記載が証拠に基づかないものであるということも言えないし、これが単に裁判官に予断を生ぜしめるための余事記載であるとも認められない。

右弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、行為時においては刑法六〇条、平成三年法律第三一号(罰金の額等の引上げのための刑法等の一部を改正する法律)による改正前の刑法九六条の三第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては刑法六〇条、右改正後の刑法九六条の三第一項にそれぞれ該当するが、右は犯罪後に刑の変更があった場合に当たるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法によることとし、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中五〇日を右刑に算入することとする。

(情状について)

本件は、判示のとおり裁判所の行う競売入札の公正を害する目的でもって、暴力団組長の名刺を競売関係記録綴りの中に挟み込み、暴力団の勢威を巧妙に利用して裁判所の競売手続きの公正を害しようとしたものであって、そのために競売実施命令が取り消され、当事者は順調に競売が実施された場合との間の損害金等の余分の負担を余義なくさせられ、裁判所の競売手続きが現に著しく阻害されるなどの実害も発生していること、なお、裁判所の権威を損なわしめかねない行為であり、かつ民事法秩序の重要な基盤をなす競売制度の機能を害する行為であること、被告人は執拗に暴力団組長の名刺を右記録綴りの中に挟み込んだものであること、本件が暴力団関係者等により比較的模倣されやすい犯行であり、一般予防の見地も無視できないものがあること等の諸点に徴すれば、被告人は、本件所為を勤務先の上司に当たる共犯者に命ぜられてなしたものであること、本件を敢行させられたことから嫌気がさして暴力団と関係があった勤務先から本件を機会に退職したこと、被告人には前科、前歴はないこと、本件を反省し、今後正業に従事し、本件のような所為には及ばない旨誓い、被告人の内妻も被告人を監督する旨当公判廷で述べていること、相当期間身柄を拘束されていることなどの諸事情を考慮しても、被告人の刑責は軽視し難いものがある。

そこで、これら諸事情を総合考慮し、主文のとおり量刑した。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官金子與)

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